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診療報酬とお金の価値 

皆さんこんにちは、先日書店で何か良さそうな本(漫画)が無いかとウロウロしていたところ、写真のようなシリーズ(?)を見つけて、『だから結局、どこが重要なのよ?!』って一人でツッコんでクスクス笑っていた世戸です。…ええ、端から見たらかなり怪しい人だったでしょうね。でも、目の前でこれを見せつけられた人って、逆に何が書かれているのか興味を持つのかも(^^;)。あ、自分は読んでません。当然ながら。
本屋

さて、このところ自分はお金の価値というものについて色々と考えている事が多いです。

今から5年ほど前まででしょうか、自分は1回500円(Play時間6分)もするようなガンダムのゲームに年甲斐も無くハマっていました。途中で値下げされ、(近くのゲームセンターでは)400円になったものの、子供が遊ぶには十分すぎるほど高く、まさしく『大人の』ゲームと言って良かったのかもしれません。営業の時間合わせ時、仕事が早く終わった時、気がつけば5年も続けていました。

それが突如終わりを迎えたのは、自分が伊豆長八美術館を観てみたくなって、伊豆半島の山中を走らせた日でした。ふと、休憩しようと寂れたドライブインに寄った時の事です。

自分の母親ぐらいの歳の、とても愛想の良い女性が、入り口付近に小さな屋台を構えて果物を売っていました。何気無く覗き込むと、カゴ一杯に山積みとなった柚子。『家に帰ったら柚子風呂とかしてみようかな…。』と思い、買う事に。

「800円です。」

そう聞いた時、我に帰ったというか、何故だかこれまでのお金の使い方を酷く反省しました。そして今更ながら疑問に思うようになったのでした。

工業製品や情報系の商品なら(売れれば)すぐに稼ぐ事ができる800円というお金。現に自分は6分という時間を400円で買い、企業は人を介さず利益を上げる事ができる。12分で800円。対して、この何十個と入った柚子が実るまでの時間と人の手間、今売ってる人の時間。これが果たして800円の価値だと言うのだろうか。

変な話、この女性1日の日給はいくらなのか。柚子の木はもともと有ったとしても、実がなるには、消毒や手入れをして少なくとも半年は時間がかかる。木1本からどれほどの実が取れるのか、せいぜいカゴ10つ程度に違いない。その木が何本あるのか。そもそも、今日1日使って、このような山奥に通る車が何台あって、そのうち何台の物好きな車がこの暗いドライブインに停まり、さらにそのうちの何人のドライバーが柚子に興味があるのか(買うという選択をするのはもっと少ない人数だ)。こう考えると、ここで柚子を売るという事自体無謀というか、時間の無駄。

情報化社会が進む中、当然労働に対する価値も変わるし、『利益を生む』産業も変わり続ける。国や社会によって変わる価値観の中で、唯一共通の価値観となり得るであろうお金。目の前の女性は、確かに利益を得る手段としての選択を間違っているのかもしれないし、自分から見ると酷く非効率で、実労働に対して余りに利益がなさすぎる。

確かに馬鹿げてる、馬鹿げているのだけど、それだけで済ませてはならない何かがある…。

何となく、それ以来自分はゲームセンターに自分から足を向ける事は無くなったのでした。


そんな経験と似ているのか似ていないのか、最近になって思う事があります。

それは診療報酬というものについて。皆さんもご存知の通り、日本の医療は、市場原理ではなく診療報酬と呼ばれる公定価格の制度が導入されています。この診療報酬の制度のもとでは、細分化された医療行為ごとに、点数が付けられています。よく耳にすると思いますが、初診料や再診料など、通常はどこのクリニックにかかっても同じ金額になるのは、この点数がそのまま金額になるからです。

自分が現在定期的に通っている整形外科の先生は、非常に有名な方だそうです。昨年、腰の調子が悪くなって以来、そこへ行くのですが、注射や手術などをするでもなく、手技でもって診察をして下さいます。時間にしてだいたい30分程度。昔から多くの整形外科やカイロプラクティック、マッサージへ訪れ、色々な治療法を試してみましたが、確実に調子が良くなります。

でも、点数にすると再診料の124点(自己負担370円)のみ。自分だけが患者さんなら、先生の収入は1時間で2,480円。正直、まともなビジネスになっていない。批判しているわけではなくて、診察がこの先も存続されるのかとても心配であるとともに、診察する医師の手法というか、相性というか、何というか…、誤解を承知で極論すると『腕』とか『実力』のようなものはどこで評価されるのだろうか、と思うのです。

その先生が先日仰いました。

「昔は、右に注射、左に注射、としていたけど、突き詰めていくうちに、あまり注射を使わなくなった。でもそれと同時にお金にならなくなってしまった(^^;)。」

帰りの支払い時、少し話していたら、受付の人が笑いながら仰いました。

「正直、ボランティアみたいです。」

ええ、自分もそう思います。正直、もっと支払いがあっても納得するのに…。


『突き詰めていくと、あまり注射をしなくなった。』

これって、精神科も突き詰めていくと同じような事になっていくのかもしれません。よく『関わり方次第』とか自分も言いますけど、精神科も研究がどんどん進んだら、薬などを極力抑えて、関わり方を変えたり、その人を取り巻く環境を整えて治療を行う事になっていくのではないかと思うのです。そうなった時、その治療方法はどのように評価され、環境を整える費用はどこから捻出していく事になるのか。

もし、そのような治療法が確立されたとして、それがより良い方法だと皆が知る事になっても、今の医療制度で普及が進むとは考え辛い。何故なら、現状の制度は、医療の『質』についてはどこにも評価する基準はなく、診察を受けた多くの患者さんが『この先生の診察にはもっと価値があるから支払い多くても良い!』と考えても関係はなく、あくまで実際の『処置』に点数がつくので、(精神科に限らず)検査をして薬をたくさん出す方が、経営的に良いからです。それが無駄と思うかどうかは『万が一』をどう考えるかによるとは思いますが、もし本当に無駄があるとしたら、ある意味で『良心』にもよるのかもしれません(^^;)。

『薬が多すぎ』とか『無駄な検査が多すぎ』とか、とかく色々と批判される日本の医療制度(WHOの医療保険システム評価において、日本が総合1位であることはあまり知られてないですが)ですけれども、2014年度の医療費が40兆円を超えた今、今一度考え直す必要がある気がしています。

医療技術が進歩・高度化し続けていく以上、新たな技術によって生まれた検査や薬、手法の費用は高くなるのが当たり前で、そういう意味では、先端医療は常に高額化していく傾向があると言えるでしょう。しかし、今のように『内容』や『質』が問われず、全てが一律の点数によって決められている制度は、ある意味効率的とも言えません。『何か』することによって『点数』をつけなければ、病院も経営できないことになっていきます。

制度をどんどん変えて、何だかんだで負担を病院に負わせていくような方向性と、単純な医療費の圧縮を目指すのではなく、新しい評価の基準を加える段階に来ているのではないかとぼんやり思います。

うまく文章がまとまっていないのですが、自分の言いたいことが伝わると良いのですが…。
よく分からなかったらごめんなさい。
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Comment

Name - アス  

Title - ご無沙汰です

行かなくなったきっかけは、ここですか。
自分も最近は行ってません。お金を使う側からしたら、本人の価値観ですかね。
昔は、等価以上の充実感がありました。今は…ほぼないですね(^_^;)
診療報酬は、仰る通りですね。行為に対する支払いですし、実力に対してではないですね。
ただ実力に対する評判で、対外的な評価にはなってるのかと(来院数増加)
自由診療にしたら、それはそれで問題がでるでしょうし。
全てに一定の評価がされる制度は、難しいですね。
2015.10.29 Thu 04:30
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